寄稿: Binny Kuriakose
サイバー空間は、表現の自由を隠れ蓑にした匿名性が横行し、明確な法律も欠如しているため、セキュリティの観点から見ると混沌としています。各国とも、サイバー空間に巣くう犯罪者を管轄当局が逮捕して処罰するために法律の整備が必要であると自覚しつつあるものの、犯罪者は実に巧妙です。
スパマーが絶妙な手口でスパムを拡散することは知られていますが、最近ではスパム攻撃を仕掛けるためにスパム対策の法律すら悪用し始めました。今回のブログでは、スパム対策法の実効性を吟味するのではなく、電子メールで法律を引用してスパムの信憑性を装う手口について説明したいと思います。
なかには、スパムと正規メールのどちらともつかない「グレーゾーン」の電子メールもあり、あまりに微妙な言い回しのために、受信したユーザーがその判断を誤ってしまう場合も少なくありません。電子メールの本文中でスパム対策法を引用し、その法律に従った電子メールであると主張するのは、こうした「グレーゾーン」のスパムをシロに見せかけるための常套手段です。
CAN-SPAM 法(ポルノおよび広告の迷惑メールによる攻撃の取締法)- 公法 108-187(米国、英語)
図 1 に示したサンプルでは、CAN-SPAM 法、すなわち米国におけるスパム対策法の規定に従っていると書かれています。電子メールの最後に免責条項のセクションがあり、この法律について説明されています。
図 1.スパム対策法を本文中に引用したスパムのサンプル
このスパムの問題点
このサンプルの違法性は、スパマーが提示している「受信拒否(オプトアウト)」のオプションが偽ものだという点にあります。受信を拒否しても、別のメール送信対象者リストにアドレスが移し替えられるだけです。これに類するスパムには必ず、法律を引用したうえで「購読解除」または「受信拒否(オプトアウト)」のオプションが用意されているので、その信憑性に被害者は引っかかってしまいます。
スパムで「悪用」が広く確認されている他の法律
- MURK 法案 - Bill S.1618 Title III(米国、英語)
これまでに最も多く悪用されている法律的な記述は、米国の「Bill S.1618 Title III」、通称「MURK」という法案です。スパムに関連しているものの、この法案は上下両院で否決されたため、制定には至っていません。したがって、「Bill S.1618 Title III に従っている」と書かれていたら、その言葉自体に嘘があることになり、まず疑ってかかる必要があります。この法案を引用したスパムメールは、同法案が提出された 1998 年から確認されています。
図 2. Bill S.1618 Title III を引用したスパムの免責事項
さらに不愉快なのは、スパマーがこの引用を盾にとって、ユーザーを脅迫までしていることです。
図 3. Bill S.1618 を引用して脅迫するスパム
ところが、この事例は米国の国境を越えて広まっています。同じ引用が、ポルトガル語やスペイン語など他の言語でも見つかっているからです。
図 4. Bill S.1618 Title III を引用したスペイン語のスパムでの免責事項
- ヘイビアスデータ法 No. 25、326 Art. 27 Inc. 3(アルゼンチン、スペイン語とポルトガル語)
ヘイビアスデータ法は、アルゼンチンにおいて商用電子メールのガイドラインを定めた法律です。同種の他の法律と同じく、ヘイビアスデータ法でも、個人情報をデータベースから削除するよう請求する権利をユーザーに保証しています。
スペイン語やポルトガル語のスパムメール攻撃でこの法律が引用され、また本物らしく見せるために受信拒否(オプトアウト)のオプションも使われています。受信拒否(オプトアウト)オプションが偽ものである点は変わらず、受信されるスパムが減るわけではありません。
図 5.ヘイビアスデータ法を引用したスパムの免責事項
- 法律 No. 28493 / 29246 / D. S. 031-2005-MTC(ペルー、スペイン語)
No. 28493 / 29246 / D. S. 031-2005-MTC はペルーの法律で、当然スペイン語で書かれています。他の国や地域から送信されたスペイン語のメールでも、この法律を引用して合法性を主張するものがあります。以下のサンプルでは、登録解除オプションとして Web メールに返信するように説明されています。
図 6.ペルーの法律 No. 28493 / 29246 を引用したスパムの免責事項
- Déclaration CNIL n°1291376 と Déclaration CNIL n°1181416(フランス、フランス語)
商用メールに関するフランスの 2 つの法律がスパムで確認されていますが、この例では適切な受信拒否(オプトアウト)オプションがユーザーに示されていません。受信拒否(オプトアウト)リンクがある場合には、ユーザーの個人情報が削除されるというメッセージの書かれた Web ページにリダイレクトされるのが一般的です。もちろん、実際に削除が実行されることはありません。
図 7. フランスの CNIL No 1291376 を引用したスパムの免責事項
まとめ
以上のサンプルから、スパマーが法律を都合よく利用してスパムを糊塗し、偽の合法性を演出しようとしていることは明らかです。残念ながら、受信したユーザーは今でもこの手口の犠牲になっています。
個人がいかなる通信についても受信を拒否する権利と、個人情報をデータベースから削除するよう請求する権利は、多くの国や地域で認められています。しかし、リストからの登録解除だけではなく、リストへの登録そのものを取り締まる強力な法律も同じくらい必要であることが、今回の事例から明らかになりました。スパマーは、登録を解除しても、別の送信リストに加えるだけだからです。ユーザー側でも、スパム対策の各法律によって個人にどのような権利が付与されるのか知っておくべきでしょう。
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